マシュー・カルブレース・ペリー
『マシュー・カルブレース・ペリー』(Matthew Calbraith Perry)とは、アメリカ海軍の軍人で江戸時代に艦隊を率いて日本に来航し、鎖国を解いた人物である。1794年にロードアイランド州ニューポートで生まれた。アメリカ海軍私掠船長の父を持つ。1841年に海軍工廠の司令官になり、士官教育にも熱心に取り組み、蒸気船海軍の父とたたえられた。その後、東インド艦隊司令長官に就任し、日本の鎖国を解くよう任命されたのである。日米和親条約を調印し、帰国して4年後64歳でこの世を去った。日本でペリーが「赤鬼」と呼ばれていたのは、アルコール中毒だったからだという説もある。交渉態度は恫喝的だったが、家族を想う気持ちは大きかったようで、航海の最中も子供達へ兄弟喧嘩をしないようにと手紙を送っていたようだ。砲艦外交ではあったが、発砲は禁止されていたため、立派な大砲は使われる事はなかった。