西郷 隆盛
『西郷 隆盛』(さいごう たかもり)とは、薩摩藩の代表であり薩長同盟を結び、倒幕運動の中心となった人物である。1827年、鹿児島城下下加冶屋町で生まれ、幼名は小吉(こきち)。その後、隆永、隆盛と名乗り、通称は吉之助(きちのすけ)。16才の時、藩の郡方書役助(こおりかたかきやくたすけ)に任命される。1851年、島津斉彬が薩摩藩主になり、江戸参勤の際に付き従い、庭方役に任命される。そこで『西郷 隆盛』は斉彬から日本の政治的問題などを教育され、師と慕うようになる。斉彬の死後、斉彬の墓前で切腹することまで考えたと言う。1865年、「坂本龍馬」(さかもと りょうま)を同行して鹿児島に帰り、幕府の征長出兵命令を拒否するための藩論をまとめた。同じように幕府の方針に不満を持っていた土佐藩士・土方楠左衛門(ひじかたくすざえもん)、中岡慎太郎(なかおかしんたろう)が薩摩と長州の手を結ばせようと、「坂本龍馬」に協力を求め薩長同盟に向けて動き出した。1866年、「坂本龍馬」の言葉に心を動かされ「薩長同盟」が締結されたのである。