池田屋事件

『池田屋事件』(いけだやじけん)とは、1864年に、京都三条木屋町の旅館池田屋で長州藩の尊皇攘夷派が集合していたところを「新撰組」が襲撃し、殺害または捕縛し大きな打撃を与えた事件である。維新派の会合が行われる場所として、池田屋と四国屋の2つの情報があった。池田屋には近藤勇率いる10人が、四国屋には土方率いる24人が探索を行った。その結果、池田屋に尊皇攘夷派が潜伏しているのを発見すると、当初は近藤勇、沖田総司、永倉新八、藤堂平助の4名で乗り込んだと言う。その他の隊員は屋外を護衛していた。その後、土方隊の到着により、一気に打ち負かしたのである。数名の尊攘過激派を取り逃がしてしまうが、翌日、桑名藩らと共に市中掃討で捕縛したらしい。そんな劇的な場面となった「池田屋」の跡地は現在、パチンコ屋になっていて、碑があるだけだと言う。ちなみに「四国屋」の跡地は「金茶寮」という料亭になっている。