横井 小楠

『横井 小楠』(よこい しょうなん)とは、熊本藩士であり幕末の思想家、経世家である。1809年、肥後熊本で熊本藩藩士の父から生まれる。本名は平 時存(たいら・の・ときひろ)。藩校時習館時代、徂徠学から出発したが、朱子学に転向。明治維新の立役者である坂本龍馬らも、『横井 小楠』が開いた私塾「四時軒(しじけん)」を訪問するほど、有名で多くの門弟を輩出した。また、政治の問題として公議公論を提唱し、経済的には民富論である「天地間固有の定理」を展開する。第14代越前福井藩主である「松平春嶽」(まつだいら しゅんがく)の政治顧問として招かれ助言者として幕政改革に関わる。1860年には真の富は金銀ではなく、生活に必要な豊富な財であると『国是三論-富国論・強兵論・士道論』の中で説き、生活必需品が国富であるという視点を持っていた。1868年、新政府に参与として出仕するが、翌年その参内の帰りに事実無根の理由を科せられ暗殺される。享年61歳であった。