徳川 慶勝
『徳川 慶勝』(とくがわ よしかつ)とは幕末期の大名であり、14代と17代尾張国尾張藩である。1824年に江戸四谷藩邸に生まれ、父は尾張藩の支藩であった。弟である一橋茂徳、松平容保、松平定敬らとともに「高須4兄弟」と呼ばれる。1849年に慶臧が死去し、14代藩主に就任する。藩主になると、幕府と結びついた家臣の力を徐々に弱め、人材登用、財政改革、海防の充実等の藩政改革を行った。幕政を指揮していた井伊直弼が、安政の大獄を始めたため隠居謹慎を命じられ、弟の徳川茂徳が15代藩主となる。しかし、その2年後、井伊直弼が暗殺されると和宮降嫁の大赦で政治参加を認められたのである。王政復古の大号令の直後、朝廷か幕府のどちらにつくか決断を迫られ立場に苦しみながらも、佐幕派家臣を処断し、倒幕側についた。1875年、16代当主義宜が病死すると当主を再承した。1880年みに隠居し、その3年後死亡する。享年60歳だった。