佐賀の七賢人

『佐賀の七賢人』(さがのしちけんじん)とは、佐賀藩出身の江戸幕末~明治時代にかけて活躍した七人の偉人のことである。まず1人目は、反射炉による大砲を鋳造し、上野・会津の戦いで威力を発揮した、佐賀藩第十代藩主「鍋島 直正」(なべしま なおまさ)。2人目は大蔵卿、元老院議長、農商務大臣などを歴任した、日本赤十字事業の生みの親である「佐野 常民」(さの つねたみ)。3人目は、札幌を中心に北海道を開拓した北海道開拓の父である「島 義勇」(しまよしたけ)。4人目は、書家としても有名な政治家であった「副島 種臣」(そえじま たねおみ)日本初の政党内閣を組閣。5人目は、3回にわたって文部大臣を務め、文部郷として教育体制の整備に尽くした元東京府知事である「大木 喬任」(おおき たかとう)。6人目は、司法制度の基礎を作った初代司法郷の「江藤 新平」(えとう しんぺい)。7人目は、早大創立者である「大隈 重信」(おおくま しげのぶ)である。