池田屋事件
『池田屋事件』(いけだやじけん)とは、江戸時代後期の幕末に、京都三条河原町の池田屋で起きた襲撃事件のことである。1864年、京都の治安維持を任されていた新撰組が尊皇攘夷派を抑制するために行ったもので、土方 歳三を拷問したことで潜伏先を突き止め、尊王攘夷派や討幕派を弾圧に成功したのである。尊皇攘夷派は、風の強い日に京都御所に火を放ち、騒ぎに乗じて孝明天皇を長州へ遷座させるという計画を立てていたのだ。池田屋に潜伏しているのを突き止めたのは、旅館や料亭を片っ端から探索したことにあるとも言われている。尊皇攘夷派の計画を阻止することに成功したが、この事件に触発され禁門の変が起きたという説があり、尊攘派を刺激した原因だとされている。池田屋事件に参戦した新選組隊士の沖田 総司は、激しい斬り合いの最中に持病の結核の発作が起き、吐血したため応戦不能になったと言われている。また、真夜中の戦闘は約2時間に及んだと言う。