安政の大獄

『安政の大獄』(あんせいのたいごく)とは、1858年~1859年に江戸幕府が行なった政治弾圧のことである。大老 井伊 直弼の専制政治に反対した親藩・外様大名、公卿、幕臣、志士ら 100名以上が処分された。1853年に徳川 家慶が死去したことがきっかけで将軍継嗣問題が起こった。その後、薩摩藩主の島津 斉彬は井伊に反発し、1度は上洛を計画するが頓挫。1859年、水戸藩らに対して戊午の密勅が下され、酒井 忠義らが上洛し、近藤 茂左衛門、梅田 雲浜らの逮捕を皮切りに空前の弾圧が始まったのである。捕縛された志士達は、井伊 直弼の支持により切腹・死罪など過酷な刑に処されたと言われている。1860年の桜田門外の変で井伊 直弼が殺害されたことで弾圧は収束した。